2009年05月25日

最初の記憶

 三島由紀夫が「自分の最初の記憶は産湯に浸かったことだ」と言ったそうだが、天才的作家の言語中枢は生まれながらにして常人とは違うのかもしれない。
 霊能者でもない限り、最初の記憶は概ね2〜3歳ぐらいではないだろうか。それ以前の記憶はなぜ無いのだろうかと考えていた。耳で聞いたり目で見たりしたことが、何かしら記憶として残っていてもよさそうだ。言葉としての最初の発声は、平均1歳3カ月半だというデータがある。子供はそのころから盛んに言葉を覚えていく。その時期と最初の記憶が、何か関係する気がしてならない。目や耳で入力された体験は、幼い脳でもどこかに“刻印”はされるはずだ。しかし言語と関連づけがされていないイメージは、それを意識の表層へ持ってくることができない。そう考えるとまだ言葉を話せない幼い時の記憶がないことは説明がつく。
 そのイメージが言語の束縛から解き放たれるときがある。眠っているときに見る夢だ。起きたとき、夢の内容を思い出せないことはよくあることだ。夢の中は、イメージだけが自由に飛び交ってる世界だ。言語と関連づけができていない事象は思い出すことができないのだ。
 アルツハイマー病は、言語と記憶を同時に失っていくそうだ。言葉を失うことで、それと関連づけされていた“刻印”を、意識の表層へ導き出すことができなくなっていくのではないか? 記憶と言語の関わりについてこのように説いている学説はないだろうか。
オディロン・ルドン『キュクロプス』

オディロン・ルドン『キュクロプス』(Odilon Redon, The Cyclops)
 オディロン・ルドン(1840−1916,フランス)は、私の好きな画家五指に入る一人だ。学生時代に画集のパステル画を見たのが最初だった。モネやドガなど印象派の画家と同世代だが、夢や幻想の世界など彼らとは違う独特のテーマを描き続けた。その後だいぶ経って、大規模なルドンの展覧会があり実物を見られてとても嬉しかった。このブログのカテゴリー名の一つは、ルドンの最初の石版画集『夢の中で(Dans le Rêve)』の表題をそのままいただいた。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢の中で

2009年04月30日

理想の生活

 ここへ来てもうどれぐらい経つだろう。そろそろ何もかにも飽きてきた。欲しい物はなんでも手に入る。満員電車に押し込められて職場に向かう事もないし、人間関係の煩わしさもない。 自分が思うがままの生活が保証されている。金が欲しければ、思い浮かべただけの額がいつのまにか引き出しに入っている。いや、金なんかなくても、飲み食いはいつもツケですむ。どこかへ行きたいと思えば、どこからともなく運転手が迎えに来る。町に出れば、自分が思う理想の女性が街角に立っているし、声をかければ何処へでもついてくる。ショーウィンドウの中は、自分好みの物ばかりで、衣食住にはまったく困らない。毎日が日曜日、贅沢三昧の日々だ。ただ友人ができないね。夜になるとどこへ帰るのかみんな煙のように消えてしまう。でも贅沢いっちゃいけない。友達も恋人もできなくたって、それ以外のことはなんでもござれだ。孤独がなんだってんだ。でも、もう退屈で退屈で、孤独で孤独で、いったいこの先、どれほど続くのだろうか。 いっそ死にたいよ。あ、そうか、また死ぬなんてことはできないな。死ぬどころか、怪我ひとつしない風邪ひとつひかないんだから。気晴らしにどこかへ出かけよう。ほらね、もう家の前に車の止まる音が。
 ねぇ、運転手君。
 今頃になって思うんだが、天国とはなんて退屈なところなんだ。
 「え? 旦那さん、ここは地獄ですよ。」
 !・・・

60年代に放映されていた、アメリカのSFテレビドラマシリーズ「ミステリー・ゾーン(原題:The Twilight Zone)」の中で、朧気に記憶に残っているシーンをもとに脚色した。第何回目の何というタイトルだったかまったく覚えていないが、この内容がいつまでも忘れられない。幸せとは何かを考えさせる話だ。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢の中で

2009年03月14日

冬眠器

 私はもう何十年もサクラの花をリアルタイムで見ていない。サクラが咲く頃は、まだ冬眠器の中で眠っているからだ。生命維持に必要な栄養はチューブから補給してもらい、特別に調合されたプラスチック羊水の中でゆったりと夢を見ている。自分は寒さが苦手だ。毎年花見の宴会に誘われるが、サクラの咲くころは、まだ寒い、埃っぽい、騒々しい、の三拍子でどうも気乗りがしない。そんなことで断っている。
 友人たちは、そんなに寒いのが嫌いならいっそ暖かい地球に引っ越したらどうだと勧めるが、この生まれ故郷のムーンベースから離れるには忍びない。それに、寒いのは嫌いだが四季の変化は感じたい。どの地域でもほとんど四季の差が無くなった極端に温暖化した今の地球より、ここの環境組成システムの方がまだマシだ。毎年、システムが木枯らしモードになるころ、この安価で高性能なJAPAN製冬眠器の世話になる。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢の中で