2011年09月20日

風の谷のナウシカで見た?

ジャコウアゲハの幼虫 暑さも少しばかり和らいだ良く晴れた午後、柳瀬川に沿って家路を急いでいると、小径を気ぜわしく横切っていく派手な色の虫に気づいた。こんな虫は初めて見たような気がする。毒々しいといえば毒々しいがよく見るととても美しい。歩き方もとてもチャーミングだ。虫の類は余り好きではないが、何とも心惹かれるのでしゃがみ込んで、いつも持ち歩いているデジカメでムービーに納めた。【動画はこちらで】
 何かの幼虫には違いないが早速ネットで調べた。名前が分からないものを探すのはちょっとだけ面倒である。赤い点々、幼虫など、見た目の特徴で検索してみたら、どうもジャコウアゲハ(麝香揚羽)の幼虫のようだ。雄の成虫が麝香のような匂いを発するらしい。また、この幼虫はウマノスズクサという植物を食べるらしいが、その植物が持っている毒物を体内に取り込んで鳥などに捕食されないようになっているらしい。こういうのが自然はすごい!と思ってしまう。
 このあと蛹から成虫へとどくらいの期間で羽化するのだろうか。羽化した成虫にまた偶然出くわさないかと楽しみになってきた。
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2011年08月31日

秋風

千鳥ヶ淵ボート乗り場

 まだまだ蝉たちが喧しいが、吹く風にもう秋の気配を感じる。毎年夏を楽しみにしている私としてはちょっと寂しい。桜の頃は賑わう千鳥ヶ淵のボート小屋も人っ子一人いない。縮緬の水面に映る雲もどこか所在なげだ。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬

2010年04月08日

千鳥ヶ淵緑道2010

千鳥ヶ淵緑道2010

 夜中の二時近く、千鳥ヶ淵を臨み手すりにもたれながら夜桜見物に興じていると、向こうから女が一人こちらに歩いて来る。時々、歩道と植え込みを分ける縁石に上ったり下りたりして、ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。道の縁石側にいる私に触れんばかりに近づくと、くるりと私を回り込むようにして、すれ違いざま「きれいですねぇ」と空を仰ぎ見ながらつぶやいた。つられて「えぇ、月夜が…」と、言葉を返すでもなく返す私。街路灯の逆光の中で、黒っぽい不確かな容姿の女はそのまままた、時折縁石に足を乗せたり下ろしたりしながら、静かに、ゆっくり歩いていった。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬

ヨモギ採り

hiodoshicho.jpg ヨモギ餅を作りたいと言う妻にせがまれて、飯能河原にヨモギを採りに行った。在処など見当もつけず、川沿いにはあるのではと軽い気持ちで出かけたが、河原のあちらこちらに萌え出ていた。ヨモギを摘み終え、時間もまだ早かったので、近くの多峯主山(とうのすやま)へハイキング。山頂で一息ついていると、翅を傷めた蝶が一匹、強風にあおられながらフラフラとやってきた。目の前のテーブルにしがみついて日光浴を始めた。帰ってから図鑑で調べたところ、ヒオドシチョウ (タテハチョウ科)という名のようだ。成虫のまま越冬するとあるので、翅がボロボロだったのは冬の厳しさに耐え抜いてきた証なのだろう。まだ寒いその日の日差しでも、蝶にとっては無事に冬を乗り越えた安堵感に浸るには十分な温かさだったかもしれない。
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2009年08月18日

深呼吸

fujisan2009.jpg

 彼方の霞みに漂う雲に気のない目線をやったり、浮き雲の影が緑の絨毯を這っていく様を見るでもなく見る。暫し天上の人となりました。3776mの頂からの風景は、人々の喧噪と観光地特有のラウドネススピーカーから流される音に惑わされることなく、それだけで頭を空っぽにしてくれた。
2009年8月16日・午後1時・快晴/富士吉田口登山道五合目から富士山頂へ臨む
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬

2009年05月18日

蜂の子

hachinoko.jpg 最近、ミツバチが消えてしまったと大騒ぎしている。農薬や寄生虫の発生などが疑われているようだが、まだ正確なところは分からない。ミツバチは、花の受粉に関わっているので、農作物にも影響が出ていて大変なことのようだ。
 今は、外で酒を飲むことがほとんどないので知らないが、以前は都内の居酒屋でも、品書きに「蜂の子」と書いてあるところがあった。蜂の子の佃煮だ。長野県や滋賀県などでは家庭でも蜂の子を食べるようなのだが、炊き込みご飯だったり、佃煮だったりはTVで見たことがある。
 むかし、たまに祖母は顔の所々をプクプクと腫らして野良仕事から帰ってきた。私、孫のために蜂の巣を捕ってくるのだった。蜂に刺されることなど何でもないといった様子で。蜂の巣というと、養蜂場の巣箱や、昨今のスズメバチ騒動で報道されているような巣の形を思い浮かべる人もいると思うが、私が蜂の巣と言われてイメージするのは、ハスの花托に似た円錐状のものだ。巣にはもちろん蜂の幼虫が入っている。これを巣ごと囲炉裏にくべると、次第に香ばしい香りが立ちこめてくる。祖母は頃合いを見て巣を取り出し、パンパンと灰を落として私に渡してくれる。私はその六角形の巣のひとつひとつに入っている、炙りたての幼虫を箸でつまみ出して食べるのだ。ずいぶん昔のことだから定かではないが、その風味は焼きトウモロコシの香りと味に似たもののように記憶している。たいへん良質なタンパク質なのだろうが、もちろん祖母はそのような栄養価を考えた訳ではなく、単なる孫のおやつとして私に与えるのだった。
 それから後、今日に至るまでこのような食べ方を見聞したことはないので、この地方特有の風習か、またはここの家系の伝統か、もしくは祖母のオリジナルだったのかもしれない。私が就学前の二年半を過ごした母方の郷里、鹿児島県の農家での話だ。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬

2009年04月21日

スズメが近い

suzume.jpg
スズメは桜の花びらをよく食べる。葉桜となってしまい地面に残った花びらをついばんでいた。
木漏れ日の桜の木の下で千鳥ヶ淵公園にて。

【説話】昔々、燕と雀は姉妹であった。あるとき親の死に目に際して、雀はなりふり構わず駆けつけたので間に合った。しかし燕は紅をさしたりして着飾っていたので親の死に目に間に合わなかった。以来、神様は親孝行の雀には五穀を食べて暮らせるようにしたが、燕には虫しか食べられないようにした。−『雀孝行』
 しかし皮肉なことに、スズメは農民に追われる羽目になり、一方のツバメは国から厚い保護を受けることになった。感慨深い話ではある。
 ここ2〜3年、気になっていることがある。気のせいかスズメが近い。足下近くまで寄ってくるものもいる。前にイギリスのTV番組で、公園のスズメが人の手から餌をついばんでいるのを見たことがある、日本のハトのように。日本のスズメとはずいぶん違うものだなと思った。稲作の日本では、長い間害鳥として扱われてきたのだから無理もない。 日本では今でも、限定的に農家での駆除が認められ、また狩猟対象鳥類の一つだそうだ。ただ、雑食性のスズメは雑草の種子や虫を食べるため、駆逐しすぎると逆に害虫の被害が増えるとのこと。−餌場の田畑と、巣を作る木造家屋の減少などにより、最近20年足らずで最大80%、半世紀前との比較では90%も減少したとみられる(毎日新聞09年2月3日)−とあるので、そんなに減っているのかと心配にもなる。
 小さい頃にパチンコの標的にしたり、怪我をしたスズメを助けるつもりで一晩で死なせてしまったり、大人になってからは居酒屋でスズメの焼き鳥で一杯と、ろくな目に遭わせていないのである。近くに寄ってくるスズメを見ながら、心の中で申し訳ないことをしたなぁと思う。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬

2009年04月11日

千鳥ヶ淵緑道2009

千鳥ヶ淵緑道2009

 都会にはありとあらゆる光が溢れている。桜にもライトアップ。昨年まではハロゲンランプによる照明だったが、今年からは太陽光蓄電による発光ダイオードの照明になった。省電力・環境配慮型を謳っている。これが豊かさの証明(まさに照明)というものだろうか。そして道には土がなくなった。桜の根を守るためか、バリアフリーのためなのか、コンクリートで覆われてしまった。
 ここは毎年、桜が満開の頃に満月が訪れます。ライトアップ終了後の子の刻時、満開の桜の下で、月明かりに誘われた物の怪たちと静かに語らうのが楽しみでもある。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬