2011年09月16日

SF交響ファンタジー第一番

godzilla.jpg 『SF交響ファンタジー第一番』と聞いてすぐに「あぁ、あの曲」と思った人は少なからずファンですね。私がこの音楽に出会ったのはもちろん映画の中。この映画を見たときは本当に怖かった。第一作目は今でも魅力的だが、その後のシリーズは粗製濫造のごときで全く興味が無くなった。
 この映画が封切られたのは昭和29年(1954年)とあるので、当時5歳の私がリアルタイムで見たわけではない。もっと後になってから見たのは間違いないが、いつ何処で見たのか記憶が定かでない。
 映画は、第五福龍丸の事件に端を発した核実験による放射能の影響に警鐘を鳴らすべく、作家・香山滋の原案・シナリオで制作された。
 兵器ではないが、原子力発電施設での今回の事故。流出した核汚染物質が海洋生物やその他の自然環境に影響を及ぼし、突然変異などの異変が起こらないことを祈るばかりである。

 表題の『SF交響ファンタジー第一番』はこちらで。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の記憶

2011年09月02日

ノ・ノ・レタ

 そんなに聴きこんだ覚えもない、ファンというわけでもない。しかし、不思議と耳に残って忘れない、そんな歌や音楽があります。これは人それぞれですが、年齢や育った環境や友人の影響や、その時々に身の回りに起こる事象によって異なる、千差万別だと思います。
 そんな歌の一つ、「♪〜ノ・ノ・レタ〜、ノ・ノ・レタ〜」と印象的なフレーズで歌い始める曲がありました。イタリアの歌手ジリオラ・チンクエッティです。その当時はラジオから流れていた音を聞くだけですし音楽雑誌なども見ませんから、当時どんな人が歌っているのかは知りませんでした。ただその初々しいその歌声に惹かれたのと、イタリア語の語感が自分にとって印象的だったのでしょう。YouTubeに当時(1964年)の映像があります。
 1964年。私が一番多感な日々を過ごした時代でした。どこの国にでもいそうなかわいい16歳です。最近のライブ映像を見ると、あの可憐な娘は素敵な女性になっていました。ちゃんとした大人になっていたんだなぁと。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の記憶

2009年05月11日

キャデラック

cadillac.jpg 言わずと知れた、いま経営危機に陥っているゼネラル・モーターズ(GM)の代表的ブランドだ。また、大統領専用車としてもっとも多く供給されたモデルであり、アメリカ第44代大統領バラク・オバマ氏の専用車も供給している。
 私は特段車に興味はないが、キャデラックと聞いてイメージするのは、バカでかい車体にロケットのような巨大なテールフィンといった車だ。1950年代後期から60年代の初め、この車に対する若者たちの特別な思いが窺い知れる楽曲がいろいろあるようだが、私が最初に歌の中でキャデラックを耳にしたのは、「ガス・バッカス/恋はスバヤク(Gus Backus / Short On Love)」だった。日本だけのNo.1ヒットだそうだ。ラジオ番組で四六時中流れるのと、友人ATが歌詞を覚えたと言って歌ってくれたので、耳にこびりついてしまった。この中で早口言葉のような語りがあるが(ここを空でスラスラ歌えるというのがATの自慢だった)、ここの最後が♪a brand new Cadillac with a-white wall tires♪。これがまた妙に耳に残ってしまうのだった。
 その数年後、また違うキャデラックを耳にした。スウェーデンのロックバンド、ザ・シャムロックスの「CADILLAC / THE SHAMROCKS」。3コードロックの典型だが、こちらはカッコ良かったので当時高校の文化祭で演奏するリストに加えようとしていた。キャデラックがお金持ちでカッコいいことのステータスシンボルとして歌われている。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の記憶

2009年04月11日

ジョージア

 缶コーヒーのことではなく、アメリカの州のことでもない。2009年3月、西アジアの共和国グルジアから日本国政府に対し、日本語におけるグルジアはロシア語読みに基づいており英語読みのジョージアに変更してほしいと申し出があったとのニュース。グルジアの英文綴りが、Georgiaだと初めて知った。キリスト教に由来する名称のようだが、外国の人名にGeorgeという名前はよく見られる。
 そのグルジアで思い出す女性シンガーがいる。最初に歌声を聞いたのは、ピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターの伝記映画『ミス・ポター』(Miss Potter, 2006 日本公開2007)のエンド・クレジットだった。まるで子供が歌ってるような澄んだ歌声を聴かせてくれたのが、後に知ったケイティ・メルア(Katie Melua)だ。2005年にプロモーションで来日したようですが、この時までまったく知らなかった。
 ケイティ・メルアは、旧ソ連グルジアで生を受け、子供時代を政情不安なグルジアとロシアのモスクワで過ごし、その後UKに移住。イギリス、ロンドンでのデビューとなったようだ。歌は、フォーク調、ブルース調、ある時はジャズのような、エキゾティックな風貌と合わせて不思議なテイストだ。ライブでの演奏スタイルは、ギターでの弾き語りや、年季の入ったベテランプレイヤーを従えてといった、いたってシンプルな構成である。

katie.jpgケイティ・メルア / ピクチャーズ
これがベスト盤というわけではないが、映画『ミス・ポター』の主題歌「ダンスを教えて」と、彼女の最初のシングルヒット「ザ・クローゼスト・シング・トゥ・クレイジー」のアコースティック・ヴァージョンを収録した日本仕様盤。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の記憶