2011年08月23日

ブログ再開

 ヒマつぶしに始めたブログだったが、昨年の桜の季節が終わる頃から急に忙しくなったのと少し体調を崩したこともあって、その後一年以上空けてしまった。健康状態も取り戻しつつ仕事も落ち着いてきたので再開することにした。以前はTypePadを利用していたが、他のHPをまとめるにあたり「さくらインターネット」を利用することになり「さくらのブログ」に乗り換えた。
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2010年05月07日

小さな花見

sakura2010ondesk.jpg 少し前、さくらの花が咲き始めるころ、近くの公園を歩いていると遊歩道のあちこちにさくらの小枝が落ちていた。剪定で落とされたものか、風のいたずらか…。その中の何本かに蕾が付いたものがあったので、その枝を拾って帰ってきた。さくらの枝を持って歩くというのはちょっと気が引けるね。私が折ったんじゃないもんねぇと道行く人に無言でテレパシー。水を張ったバケツに入れてベランダに置いておくと、数日で蕾が開き始めた。頃合いをみて数輪を取り上げ、部屋の中に置いてやった。喧噪とは無縁の花見だった。
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2010年04月08日

千鳥ヶ淵緑道2010

千鳥ヶ淵緑道2010

 夜中の二時近く、千鳥ヶ淵を臨み手すりにもたれながら夜桜見物に興じていると、向こうから女が一人こちらに歩いて来る。時々、歩道と植え込みを分ける縁石に上ったり下りたりして、ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。道の縁石側にいる私に触れんばかりに近づくと、くるりと私を回り込むようにして、すれ違いざま「きれいですねぇ」と空を仰ぎ見ながらつぶやいた。つられて「えぇ、月夜が…」と、言葉を返すでもなく返す私。街路灯の逆光の中で、黒っぽい不確かな容姿の女はそのまままた、時折縁石に足を乗せたり下ろしたりしながら、静かに、ゆっくり歩いていった。
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ヨモギ採り

hiodoshicho.jpg ヨモギ餅を作りたいと言う妻にせがまれて、飯能河原にヨモギを採りに行った。在処など見当もつけず、川沿いにはあるのではと軽い気持ちで出かけたが、河原のあちらこちらに萌え出ていた。ヨモギを摘み終え、時間もまだ早かったので、近くの多峯主山(とうのすやま)へハイキング。山頂で一息ついていると、翅を傷めた蝶が一匹、強風にあおられながらフラフラとやってきた。目の前のテーブルにしがみついて日光浴を始めた。帰ってから図鑑で調べたところ、ヒオドシチョウ (タテハチョウ科)という名のようだ。成虫のまま越冬するとあるので、翅がボロボロだったのは冬の厳しさに耐え抜いてきた証なのだろう。まだ寒いその日の日差しでも、蝶にとっては無事に冬を乗り越えた安堵感に浸るには十分な温かさだったかもしれない。
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2009年10月23日

自転車で探すユートピア

yoshimihyakuana.jpg吉見百穴(よしみひゃくあな):東武東上線「東松山」駅から東へ徒歩2〜30分。古墳時代の横穴墓群の遺跡である。天然記念物のヒカリゴケが自生していることでも知られている。
 むかし、友人UH君と二人で東京練馬からここまで、約40kmを小さな子供用自転車で往復した。川越街道をひたすら走ったのだろう。爆走するトラックや自家用車にひやりとしながら走った覚えがある。関越自動車道はまだ影も形もなかった時代だ。
 少年のころ、自転車に乗るということは何かを探す冒険のようなものだった。線路づたいに走るときは電車になり、幹線道路ではバスだったり、急な坂道では飛行機にもなりながら何かを探している。いつのころからか自転車はモーターサイクルに代わり、もう電車になったり飛行機になることはなくなったが、あのころの何かを探す思いは未だ心の中に潜んでいるようだ。 今は自分の足で歩くことが楽しくなった。リタイアしたら安宿に泊まりながら、ひたすら野に山に歩く一人旅をしたいと思っている。表題は、中山うり「夏祭り鮮やかに」の歌詞の一部をもじって。

中山うり「DoReMiFa」中山うり「DoReMiFa」
 3年ぐらい前、iTunes Storeの「今週のシングル」という新人をPRするためのコーナーで彼女の曲を聴いたのが始まり。アルバムを聴いたりコンサートにも出かけた。代々木の会場では、レパートリーのひとつに曲をカバーしている関係で、あがた森魚が挨拶に来ていた。 久しぶりに見たぁという感じ。 彼女の歌は、はしゃがない、押しつけがましくない、声高じゃない、聴き手の情感を邪魔しないところが気に入っている。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時を歩く

2009年09月08日

HDマウントせず

 今までもフォルダのオープンに異常に時間がかかる事があったが、一時的なもので、すぐまた通常通りに使えていた。しかし今度ばかりは再起動後、内蔵ドライブの一つがマウントされなくなった。ディスクユーティリティでの検証ではデバイスの存在は感知するので、機械的なエラーではなさそうだ。しかし、検証・修復を試みるも、不良セクタの存在のために中断する。以前から不良セクタの存在は知っていた。あるフォルダが消去も書き換えもできない状態だった。しかしこれに触れずにいれば問題はないので、そのまま使い続けていた。
 とりあえず、新しい内蔵HDDを購入して手元に確保しておく。Disk Warrior 4.1で修復を試みるもドライブの復帰には至らなかったが、プレビュー・ディスク機能で、ボリュームの中身をほぼ完全にデスクトップ上に再現してくれた。ここから外付けのドライブにバックアップをとり、その後、内蔵のHDDを交換。これに外付けドライブからコピーして以前の状態に戻した。壊れたドライブにはOSやアプリは入っておらず、その点面倒はなかったが、数ヶ月分の仕事データが消えるところだった。フォルダのオープンやクローズに妙に時間がかかるなと感じたり、修復できない不良セクタができてしまったら、さっさとドライブを交換したほうが良い。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ダイアリ

2009年08月18日

深呼吸

fujisan2009.jpg

 彼方の霞みに漂う雲に気のない目線をやったり、浮き雲の影が緑の絨毯を這っていく様を見るでもなく見る。暫し天上の人となりました。3776mの頂からの風景は、人々の喧噪と観光地特有のラウドネススピーカーから流される音に惑わされることなく、それだけで頭を空っぽにしてくれた。
2009年8月16日・午後1時・快晴/富士吉田口登山道五合目から富士山頂へ臨む
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬

2009年06月07日

Mighty Mouseの故障

 故障で使えなくなったMighty Mouseはこれで3つ目。どの故障も、悪評高いスクロールボール部だ。保証期間内に壊れて無料で交換したことはあるが、今度も含め2つは、保証期間1年を数ヶ月越えたところで完全に機能しなくなった。逆さに持ってマウスパッドに擦り合わせたり、両面テープを隙間に差し入れて埃を取ることでしばらくはもつのだが、いずれどうにもならなくなる。
 トラッキング方式が光学式になって、その部分は掃除いらずになったが、スクロールボールは機械式。昔のマウスは、底蓋が取れてトラックボールやローラーの清掃をすることで長く使えたものだが、このマウスは相変わらずのブラックボックス。悪評にもかかわらず改善の兆しはない。
 Mighty Mouseを使っている人は、スクロールボールの調子が悪くなったら(毎日使っている人なら必ず1年以内に起こる)前述のような延命策はとらずに、すぐに修理に出すことをお薦めする。保証期間内なら新品と交換されて戻ってくるはずだ。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 04:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ダイアリ

2009年05月25日

最初の記憶

 三島由紀夫が「自分の最初の記憶は産湯に浸かったことだ」と言ったそうだが、天才的作家の言語中枢は生まれながらにして常人とは違うのかもしれない。
 霊能者でもない限り、最初の記憶は概ね2〜3歳ぐらいではないだろうか。それ以前の記憶はなぜ無いのだろうかと考えていた。耳で聞いたり目で見たりしたことが、何かしら記憶として残っていてもよさそうだ。言葉としての最初の発声は、平均1歳3カ月半だというデータがある。子供はそのころから盛んに言葉を覚えていく。その時期と最初の記憶が、何か関係する気がしてならない。目や耳で入力された体験は、幼い脳でもどこかに“刻印”はされるはずだ。しかし言語と関連づけがされていないイメージは、それを意識の表層へ持ってくることができない。そう考えるとまだ言葉を話せない幼い時の記憶がないことは説明がつく。
 そのイメージが言語の束縛から解き放たれるときがある。眠っているときに見る夢だ。起きたとき、夢の内容を思い出せないことはよくあることだ。夢の中は、イメージだけが自由に飛び交ってる世界だ。言語と関連づけができていない事象は思い出すことができないのだ。
 アルツハイマー病は、言語と記憶を同時に失っていくそうだ。言葉を失うことで、それと関連づけされていた“刻印”を、意識の表層へ導き出すことができなくなっていくのではないか? 記憶と言語の関わりについてこのように説いている学説はないだろうか。
オディロン・ルドン『キュクロプス』

オディロン・ルドン『キュクロプス』(Odilon Redon, The Cyclops)
 オディロン・ルドン(1840−1916,フランス)は、私の好きな画家五指に入る一人だ。学生時代に画集のパステル画を見たのが最初だった。モネやドガなど印象派の画家と同世代だが、夢や幻想の世界など彼らとは違う独特のテーマを描き続けた。その後だいぶ経って、大規模なルドンの展覧会があり実物を見られてとても嬉しかった。このブログのカテゴリー名の一つは、ルドンの最初の石版画集『夢の中で(Dans le Rêve)』の表題をそのままいただいた。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢の中で

2009年05月18日

蜂の子

hachinoko.jpg 最近、ミツバチが消えてしまったと大騒ぎしている。農薬や寄生虫の発生などが疑われているようだが、まだ正確なところは分からない。ミツバチは、花の受粉に関わっているので、農作物にも影響が出ていて大変なことのようだ。
 今は、外で酒を飲むことがほとんどないので知らないが、以前は都内の居酒屋でも、品書きに「蜂の子」と書いてあるところがあった。蜂の子の佃煮だ。長野県や滋賀県などでは家庭でも蜂の子を食べるようなのだが、炊き込みご飯だったり、佃煮だったりはTVで見たことがある。
 むかし、たまに祖母は顔の所々をプクプクと腫らして野良仕事から帰ってきた。私、孫のために蜂の巣を捕ってくるのだった。蜂に刺されることなど何でもないといった様子で。蜂の巣というと、養蜂場の巣箱や、昨今のスズメバチ騒動で報道されているような巣の形を思い浮かべる人もいると思うが、私が蜂の巣と言われてイメージするのは、ハスの花托に似た円錐状のものだ。巣にはもちろん蜂の幼虫が入っている。これを巣ごと囲炉裏にくべると、次第に香ばしい香りが立ちこめてくる。祖母は頃合いを見て巣を取り出し、パンパンと灰を落として私に渡してくれる。私はその六角形の巣のひとつひとつに入っている、炙りたての幼虫を箸でつまみ出して食べるのだ。ずいぶん昔のことだから定かではないが、その風味は焼きトウモロコシの香りと味に似たもののように記憶している。たいへん良質なタンパク質なのだろうが、もちろん祖母はそのような栄養価を考えた訳ではなく、単なる孫のおやつとして私に与えるのだった。
 それから後、今日に至るまでこのような食べ方を見聞したことはないので、この地方特有の風習か、またはここの家系の伝統か、もしくは祖母のオリジナルだったのかもしれない。私が就学前の二年半を過ごした母方の郷里、鹿児島県の農家での話だ。
posted by ヤマガタ・シュンイチ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬